マニュアル車の免許は、イマドキいらない?
山田 弘樹
モータージャーナリスト、日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員、A.J.A.J.(日本自動車ジャーナリスト協会)会員 >プロフィールを見る
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一般的にはオートマ限定免許で十分
お父さんのお気持ちはとってもよくわかりますが、結論から言うと私はAT免許で問題ないと思います。
息子さんの年齢を考えると、この先に就職があるでしょう。もしその就職先でマニュアル車(以下、MT車)を運転する必要がある場合でも、あとから限定解除するという手段があります。
もちろんMT車に慣れておくという意味では、最初から普通免許取得目的で教習所に通うのはよいことです。なぜならクルマの運転は、練習した時間に比例して上手くなるからです。そして免許を取ったあともMT車に乗り続ければ、いざ仕事でMT車を運転するときも、緊張しないで安全に運転できるでしょう。
ただこうした要求がなければ、AT免許で十分だと私は思います。
日本で走るクルマのほとんどがAT車
10年近く前の話ですが、就活では「MT免許の方が有利」だと言われているのを聞いたことがあります。特に男子の場合は、裏を返せばAT免許だと不利だというのです。
なんでも「男子たるものMT免許くらいもっているべき」とか「少しの差額でMT資格を取らなかった」ことを消極的とみなされるという話なのですが、まったくもってナンセンスですよね。
でも近頃は、こうした話を聞かなくなりました。それは日本で走るクルマが、ほぼAT車になったからだと思います。ちなみに日本は、いまや新車販売台数のうち99%ものクルマがAT車なのです。
MT免許を“資格”として考え迷うくらいなら、たとえば英語の資格や、もっと自分の将来や仕事に役立つ資格を取った方が現実的だと私は思います。
MT車のスポーツカーがステイタスだった時代も
でもそんなことをいうと、ご相談者のお父さんは、きっと曇った顔をされているのではないでしょうか?(笑)。年齢的に50代というと、ものすごくクルマが好きな世代。私もその少し下なので、気持ちはとてもよく分かります。
私が免許を取ったのは平成2年(1990年)。この頃はMT車に乗ることが、男の子にとってひとつのステイタスでした。
ちなみにこの頃は日産がスカイラインGT-R(R32)を復活させホンダがNSXを、マツダがユーノス・ロードスターを登場させるなど、まさに日本のスポーツカー黄金期。
当時はオートマチックトランスミッションの性能もかなりよくなり始めていましたが、それでもクルマの性能を引き出すには、マニュアルトランスミッションが最善とされていました。シフト&クラッチワークを駆使して、愛車のエンジンパワーを上手に引き出し、走らせる。これが、ひとつのステイタスだったわけです。
現在もMT車はラインナップされている
きっとお父さんは、この時代を知っているんですよね? だからMT車に乗らないことが“もったいない”と感じているのでしょう。
わかる、わかりますよッ!
そして現在では自動車メーカーも、このことをきちんと認識しています。
たとえばトヨタなどは、最初AT車だけだったCH-Rに、マイナーチェンジを機にMTモデルを追加しました。またマツダはほぼ全車にMT車をラインナップしています。
そしてあのポルシェでさえ、PDKというデュアルクラッチ式のスポーツATを持ちながら、これよりも変速スピードが劣るマニュアルトランスミッションをケイマン/ボクスターで継続している。またフラグシップモデルである「911」においては、当初ラインナップされていなかった7速MT車を復活させるとアナウンスがありました。
数は少ないながらも、MT車には需要がある。クルマとの対話を大切にしたいと考える人たちの声を聞くことが、メーカーにとっても大切なことだと、彼らはわかっているのです。
だから今回は「MT車に乗ると、クルマが楽しくなるよ!」と息子さんに教えて上げるのが一番ではないでしょうか。
クルマと触れ合い対話する「クルマの楽しさ」に気づける
別に速く走らなくても、ギアをその手でチェンジしてあげるだけで、クルマと対話しているような気持ちになれる。 MT車に乗ると、クルマの構造も自然とわかってきます。またモノを大切にするという意味でも、機械とのふれあいがダイレクトなMT車はお勧めです。
かつてMT車はAT車よりも価格が安く、乗り手次第では燃費性能もよかった。クラッチやレリーズシリンダーといったパーツを定期的に交換し続けるだけで、ATが壊れたときよりも遙かに維持費が安く、愛車に長く乗ることができました。
それが今ではその絶対数自体が少なくなり、むしろMT車に乗るということの方が、趣味性の高い贅沢なことになったのです。しかしだからこそ、MT車に乗ってみよう! と息子さんが思ってくれたらボクも嬉しいですね。
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執筆者プロフィール
モータージャーナリスト
日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員、A.J.A.J.(日本自動車ジャーナリスト協会)会員自動車雑誌「Tipo」の副編集長を経験。数々のレースにも参戦。2018年「スーパー耐久富士スーパーテック24時間」ではドライバーとして2位獲得。執筆活動、レースレポート、ドライビングスクール等の講師、メーカー主催イベントの講演など行う。