Vol.7 麻痺から蘇る感覚、妻と感じた「復活の証」

ギランバレーコラム画像

ギランバレー症候群体験記

ギランバレー症候群は、自己免疫疾患の一つで、ウイルスや細菌がきっかけとも言われている。
両足の筋力低下、しびれ、運動麻痺、呼吸麻痺にもなりえる病気にかかり、治療を経て、リハビリ、回復に至るまでをコラムで振り返る。

チクチクと蘇る感覚、自分の意志で動く喜び

10日間ほど寝たきりの生活から、徐々に登り調子になってきた。
血液製剤の効果が出てきたのである。

だんだんと腕、手、指先と感覚がゆっくりゆっくりとではあるが蘇ってきた。但し、一度冒された神経が戻る時は、チクチクと針を刺すように痛い。
それでも、その痛みよりほんの少しだけだが「自分の意志」で手足が動かせる!という喜びの方が大きかった。

真っ暗だった心に、光が差し込んできた気分だった。

日に日に神経の麻痺が無くなり、全身の力が戻るようになると、当然ながら握力も少しずつ戻ってくる。
毎朝必ず、看護師が麻痺度合いのチェックを行い、回復状況を確認することになった。
そのチェックは、握手して最大どれぐらいの力で握り返せるか、というものと寝ている状態で足の裏に手を当てられ、どれぐらいの力で蹴り返せるか、というものである。

差し出されたドラえもんの手

徐々に神経の麻痺がなくなり、力が戻ってきたある日、妻が面会に来てくれた時のこと。
「ほら、握ってみな!」
そう言って、ギュッと差し出した握りこぶしがとてもチャーミングだな、と感じた。

妻の背丈はあまり高くなく、手も小さめの方である。
ややふっくらとしたその手は、骨張らずに丸みを帯び、しいて言うなら「ドラえもんの手」。いや私にはそのものに映ったままだった。
(実際、かつて友人には、ドラミちゃん、とあだ名呼ばれていた事があったとか!?)

その「ドラえもんの手」を見て、久しぶりに笑った。声は出ないが、その時点でツボに入ってしまい、しばらく笑い続けた。

私がニコニコしながら、その丸々の手を包み込むように握り返すと、
妻は複雑な顔をして「何がおかしいのよ?」と。
すかさず私は「だって、ドラえもんの手みたいなんだもの」と。

この時のシーンはいまだに目にやきついている。妻が帰ってからもしばらく思い出してはニヤニヤと笑っていた。
妻はいい気分はしないかもしれないが、これが「復活の証」第一歩だった気がしている。

この時の出来事は、苦しい入院生活の中で、唯一の楽しい思い出である。

プロフィール

【K・I】
1968年、神奈川県生まれ。大学卒業後、住宅メーカー、生命保険の営業職を経験。
45歳で娘が生まれ、その8か月後にギランバレー症候群を発症。本コラムでは、治療から回復までの体験を振り返る。

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