シミュレーションプロフィール

story_01 ~夫(世帯主)~
37歳 有名私大卒業後 大手電気メーカーに勤務して14年。大学時代は体育会に所属し、健康には自信がある。しかし最近は生活習慣病(メタボリック症候群)がちょっと心配。
収入:年収567万円、毎月の手取31万円
月の家計内訳:家賃11.8万円、駐車場代0.8万円、生活費13万円、幼稚園費用2万円、塾・水泳代1.2万円、夫の小遣い2万円
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家族サービスは後回しにして、昇格に向け土・日も無く働くだけ。万が一のために、来年は生命保険に加入するつもり。
story_02 ~家族~
妻37歳(専業主婦)
長男6歳(小1)
長女3歳(幼稚園年少)

第1章 ある朝のできごと

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 朝、夫がトイレで倒れた。救急車で運ばれ、即入院。点滴・酸素吸入、尿道に管を入れるバルーン…。痛々しい姿に子ども達と「お父さん!」と声をかけるのが精一杯。子供たち、私はどうしたら…
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 1週間で退院できてよかった!ベッドから動けないまま、朦朧とした意識の中で、保険に未加入なので入院が長引くと家計を圧迫することばかり考えていた。でもいつもと何か様子が違うぞ・・・

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 急性くも膜下出血だった。先生はあらゆる手を尽くしてくれたけれど、だめだった。お父さん…なぜこんなに突然死んじゃったの。
 働きすぎ? 過労死? きっと“過労死”に違いない。
 両親に相談して、過労死認定の申請を出した。でも○ヶ月後、認定はできないという裁定が出た。悔しい。
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 会社側から「勤務時間の指導はしていた」と主張されて結局、過労死が認定されなかったそうだ。
 私の死は、“過労死”のはず。でも、会社が認めない“身勝手過労死”か。
 帰社したふりをして居残り仕事をしたり、休日出勤の申請を出さずに働いたことがアダになった。
 自分の不注意とはいえ、遺してきた妻や子供たちが心配でしょうがない。でも死んでしまってからでは何もできない…。
突然すぎて家族に何も残せなかった。お別れの言葉も遺言もお金も、そして思い出も…。

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 夫が亡くなることで、こんなに家計のやり繰りが大変になるとは思わなかった。
 病院、お葬式、お墓の支払い…諸々。貯金を使い果たし、夫の死亡退職金まで手をつけてしまった。
 家賃の安いアパートへ、引越しするしかない。
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 妻が全ての後片付けを済ませ、生活に落ち着きを取り戻すまで約1年。
 365日、8760時間を慌ただしく過ごさせてしまったのは、先立つお金が少ないことが最大の理由。もう少し、お金を遺しておきたかった…。
 せめて代理人を頼んで全ての諸手続きを任せられれば、子どもたちだけで留守番をすることも、妻の疲れも軽くできたのに。

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 私まで倒れてしまうのでは・・という日々の不安と闘い。疲労はピークだけど、ひたすら気力だけで頑張るしかない。
 唯一の救いは子ども達の笑顔。この笑顔を守るために、私が倒れるわけにはいかない!その一心。
 今日やっと仕事が見つかった。とっても嬉しい。これでギリギリだけど家族三人が何とか生活できるかも。
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 妻が働き出して3ヵ月。娘の幼稚園で遠足があった。でも妻は、仕事を休むことが出来ずに幼稚園の先生に付き添いをお願いしてしまった。
 他の園児は、パパやママが付き添いに来ていて、娘だけが先生と手をつないで歩いている…。
 さらに妻が日ごろの疲れから、たまたま朝寝坊してしまいお弁当が作れず、遠足先の公園で娘が食べたお昼ご飯は「コンビニのお弁当」です…。
 妻は悪くない。悪いのは私なんです。天国から見ていて自分の情けなさに涙が止まりませんでした。涙が雨に変わって地上に降り注ぐかと思いました。
 楽しいはずの遠足が、娘一人で食べる寂しいお弁当の思い出になってしまったのですから。

 この話は、どの家庭でも起こりうる現実問題です。
 妻、子供たち、家族の笑顔は、誰もがいつまでも見ていたいですよね。
 今一度、自分自身が「万が一の時」のリスクを考えてみてください。

▼「万が一の時」のリスクに備える▼